「先生、家の子供は感謝の心がないのよ。今は丈夫になったけれど、病気の時は私が看病してやったり家も造ってやったりしたのに少しも有難いと思っていないのよ。」
と言う人もいます。
「お母さん、子ども達に感謝してもらおうと思って色々とやっていたの。他の人に何か親切にしてあげたとき見返りを求めますか。見返りがないのが憎らしいと思って怒り苦しんでいるのはあなたなのですよ。子供たちはあなたが憎み苦しんでいることなど知らないのよ。あなたが子供を産んで育てているときに『大きくなったら親孝行しなさい』なんて思ってお乳をあげていたわけではないでしょう。そんなことを思っていなかったはずです。子供は口に出さなくても、心では必ず感謝しているはずです。あなたは自分の子どもたちを信じて心を休めることが大事で、それが第一なのですよ。」
と話しました。
 お釈迦様が、沢山の人に向かってお話をなさっていた時のことです。その尊いお話は、空にいる天人にも聞こえて
きたのです。歓喜した天人は、空から種々の花びらをお釈迦様や聴衆の上に降らせました。花の香りは一面に立ち
込め、花びらは人々の頭や肩、身体にまで優しく降り積もりました。お話が終わった時に聴衆の一人がお釈迦様に
向かい、
「お釈迦様、尊いお話をしてくださり本当に有難うございました。そのうえ、沢山の花びらが身を包んであまりに快く、
この場を立つことができません。」
と申したのです。それを聞いてにっこりされたお釈迦様は、身体を一振りされました。すると、すべての花びらがはら
はらと落ちたのです。そして、お釈迦様は静かに座を立たれました。

 「諸々の著」には、「金品への著」、「願望への著」、「嬉しかった事への著」など様々なものがあります。
 年をとって体が動けなくなってくると、昔の元気だった頃を思い出して悩むこともあります。また、「楽しかったことや
嬉しかったことをもう一度」と願い、かえって苦しむこともあります。様々な著は、煩悩を生むのです。
「色々な苦しみの元は著することにある。」
と考えております。
平成29年7月1日
妙心寺教会
老尼のお話の部屋
令離諸著(りょうりしょぢゃく)

 法華経の経文の中の一句で「諸々の著(ぢゃく:執着心)を離れしむ」と読み下します。この言葉は様々なことを教え
ていると思っています。
 昔、境内に祭祀されている守護神宮に供えられていた「浄財箱(賽銭箱)」が盗まれたことがありました。それを知っ
たS氏が
「先生、俺は来る度に賽銭箱に百円入れているのに、盗まれちゃあ何にもならないですよね。」
とこぼしました。たまたま教会に見えていて、それを聞いたM上人は
「Sさん、あんたは百円にひもを付けているんだよ。それは浄財とは言えないね。アハハハ。」
とお笑いになったのです。